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和歌山地方裁判所田辺支部 昭和41年(わ)55号 判決

被告人 桝本梅夫

昭九・一・一生 店員(元渡船業)

主文

被告人を禁錮一年に処する。

但しこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三八年三月八日小型船舶操縦士の免許を受け、小型渡船梅屋丸(総トン数約四・六トン、船舶復元性規則によつて定められた旅客定員は一八名)の船長として、釣客運送の業務に従事していた者であるが、昭和四一年七月一七日午前四時二〇分ごろ、和歌山県西牟婁郡すさみ町すさみ港沖合に点在する岩礁へ運ぶべく、通常よりかなり多い六〇名の釣客を同船甲板上に満載し、かなり復原力の弱くなった状態で同港を出港し、約五分後の午前四時二五分ごろ、まず最初に、同港稲積島灯台より西南西約七五〇メートルの沖合にある岩礁、鰹島に、釣客八名を上陸させようとした。

同島は略南北に細長く、南北にそれぞれ高さ約八メートルの島頂があつて中央部はくぼんでおり、両島頂より海面に向つて概ね急角度で傾斜した形状の周囲約九〇メートルの岩礁であるが、その西岸中央部の南寄りに、満潮時の水面より僅かに高い位置に、奥行約五〇センチメートル、幅約二メートル程度の平坦な個所(以下第一地点という。)と、さらにその南に接続して、約三〇センチメートル高くなったところに、成人二人が並んで立てる程度の平坦な個所(以下第二地点という。)とがあるので、かねてより被告人を含む同港の渡船業者は、潮の干満に応じて右両地点のいずれかへ渡船船首を直角に接岸させ、船首が打ち寄せる磯波の頂点に上りきつて停止した状態となる僅か数秒の間に、一人ないし三、四人ずつ釣客を飛びおりさせ、磯波に合せてさらにこれを繰り返しては釣客を上陸させていた。

被告人も右両地点のいずれかへ接岸しようとしたのであるが、同地点は、右の磯波とは別に、その裏側にあたる東南の沖合から打ち寄せ同島南岸をつたつて、周期的に横波が寄せてくる個所であるところ、当時は午前四時二八分の満潮時の直前で、同島の周囲には高さ六、七〇センチメートルのうねりがあつたので、右の横波も相当大きいものであることが予想され、従つてもし両地点特に第二地点に船首を直角に接岸したまま、その横波を船首右舷に受ければ、これに乗つて船首部分が持ち上り、第一地点付近に乗り上げる危険が多分にあり、しかも乗り上げた場合には、前記の如く六〇名の釣客が甲板上にあるため復原力がかなり弱くなつている同船を顛覆させる危険が非常に大きい状態にあった。

被告人は、右の横波や当時のうねりの程度は十分これを認識しており、また同船の正確な乗客数は知らなかつたが、それが少くとも四〇人をこえる多人数であつて、そのため同船の復原力がかなり弱くなつていたことは認識していたものであり、さらに接岸の際横波を受けて船首が島に乗り上げれば顛覆しやすいものであることも経験上これを熟知していたのであるから、このような場合船長としては、接岸したままで右の横波を受ければ、右の如く顛覆する危険が多分にあることは、十分予見可能であつたものというべきであり、従つてこれを避けるため、前記の如き方法で釣客を上陸させつつ、右の横波が寄せてくるのを認めたときは、直ちに釣客の上陸を中止し、速やかに船を後退させ、これをやりすごした後再び接岸して釣客を上陸させるというように、右の横波の合間をみて前進後退を繰り返しながら釣客を上陸させる操船方法をとらねばならなかつたわけである。

しかし、船長が右の如き操船方法をとろうとする場合、同島に上陸しようとする釣客が、すべて同島での磯釣りに習熟していて、満潮時に船長が右の如き操船をすることを熟知しているときは、船長が特に指図をしなくとも、それらの釣客は自ら適切な上陸行動をとる筈で、船長が右の如く操船しようとするのを妨害するような行動に出るとは通常考えられないけれども、もし釣客のなかに、同島での磯釣りに不慣れで、船長が右の如き操船をすることを知らない者が混じっているときには、その者が、機敏に飛びおりることができず、しかも右の如き操船がなされるのを知らないため、船長において横波に気付き船を後退させようとしているのに、なお飛びおりようとの行動に出るということは多分に起りうることであり、そうなつた場合には、飛びおりようとの姿勢をとつているのにかまわず船を後退させれば、その者を海中に転落させるおそれがあるため、船長としても、或いはこれをおそれる結果、直ちに後退する措置をとることを妨げられ、後退すべき時期を失し、前記のように横波を受けて渡船を顛覆させてしまうという危険が多分にあつたものであるところ、同島に上陸する予定の釣客八名のうち七名は、磯釣りの初心者を含め、いずれも同島にさほど慣れていない者であつて、被告人もこれを知悉していたのであるから、船長としては、それら不慣れな釣客が前記の如き行動に出て、自己の操船を妨げるかも知れないことを予見することは十分可能であつたものといわねばならない。

従つて、かかる場合船長としては、そのような事態を避けるため、それら不慣れな釣客に対し、事前に、前記の如き操船方法をとることを十分説明して了解させ、かつ、横波の合間をみて上陸することになるので、その動作は敏捷にし、横波が接近するときは直ちに上陸行動を中止するような十分な注意と警告を与えるのはもちろん、それらの釣客が不慣れのため、なお前記の如く操船を妨害する行動に出るかも知れないことをも考慮し、一回の接岸に際し上陸する人数を、確実に飛びおりることのできる最小限度に予め制限し、これをそれら釣客に周知徹底させ、計画的に上陸させるなど安全上陸のため万全の措置を講じ、もつて前記の如き渡船の顛覆およびそれによる乗客の死傷などの事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたものといわねばならない。

然るに被告人はこれを怠り、事前にそれら同島に不慣れな釣客に対し、右の如き説明や注意、警告を与えることなく、一回に上陸させる釣客の数を予め計画的に制限することもせず、ただ僅かに、船首より機関室をへだてて約八メートルも離れた操舵室より、拡声器も用いずに、飛びおりようとする釣客に対し、その都度「それ今だ。」とか「やめておけ。」などと大声で掛声をかけるという、機関の騒音のため船首で飛びおりようと待機している釣客には聞きとりにくい、極めて不十分な注意を与えるだけの方法で上陸を開始させ、最初に第一地点へ船首を直角に接岸して、まず釣客二名を上陸させ、同地点が当時のうねりの高さからみて上陸するのに不適当であつたので一旦後退し、残り六名は第二地点に上陸させるべく、そこへ前同様に接岸して、さらに二名の釣客を上陸させた後も、なお右の如き不確実な指図のもとに、磯釣りに不慣れな釣客をして無計画に上陸させ続けた過失により、おりから同島南岸をつたつて大きな横波が寄せてきているのに、不慣れな釣客のうちの一名が、機敏に飛びおりられないままなお引続いて上陸しようとの行動に出るに至り、その釣客が飛びおりようとする姿勢をとり続けたため、右の横波に気付きながら、その釣客を海中に転落させることとなるのをおそれて、直ちに船を後退させる措置をとる機を失し、同地点に接岸したまま船首右舷に右の横波を受けるに至らせ、これに乗つて持ち上げられた船首部分を第一地点付近に乗り上げさせて、同船を右舷に顛覆させ、その結果同船甲板上の釣客五六名を海中に転落させ、よつて別紙一覧表(略)記載のとおり、右釣客のうち、鈴木武男ほか五名をそれぞれ溺死させたほか、藤原敬次ほか五名に対し全治二日ないし一週間を要する各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件の場合被告人には、渡船の顛覆の危険を避けるため後退すべき義務と、他方では、飛びおりようとする釣客を海中に転落させる危険を防止するため後退をさしひかえる義務とがあつたところ、当時前者の危険は確実に予想されたものではなかつたのに反し、後者の危険は明白かつさしせまつたものであつたから、被告人が後者の危険を防止するため、後退をさしひかえた行為は、その違法性が阻却される、というのである。弁護人の右主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、本件のように釣客を安全に岩礁に上陸させる業務に従事する船長としては、操船に専念するのみでは足りず、そもそも、後者のごとき危険が発生するのを避けるため、事前に前記説示のような措置を講ずべき業務上の注意義務があるものと解すべきであるから、弁護人の前記主張はとうてい採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、業務上過失艦船覆没の点は刑法第一二九条第二項罰金等臨時措置法第三条に、業務上過失致死傷の点は各刑法第二一一条前段(同法第六条、第一〇条により昭和四三年法律第六一号による改正前のものを適用)罰金等臨時措置法第三条に該当するが、以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として犯情の最も重いと認める鈴木武男に対する業務上過失致死罪の刑に従つて処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮一年に処し、本件は、被告人の業務上の過失により六名の尊い命を失わせ、六名に傷害を与えた点において、その刑責は重いけれども、被告人は、かつてかかる事故を起こしたことはなく、全財産を処分して被害者やその遺族に対し誠意を尽して慰藉の方法を講じていること等諸般の事情を考慮し、刑法第二五条第一項によりこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

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